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高知地方裁判所 昭和48年(ワ)270号 判決 1977年3月31日

原告 野田千歳

原告 平田陽三

被告 社団法人高知県医師会

右代表者理事 石川侃

被告 石川侃

右被告ら訴訟代理人弁護士 岡林濯水

被告 社団法人高知市医師会

右代表者理事 岩崎尚夫

被告 岩崎尚夫

右被告ら四名訴訟代理人弁護士 西村寛

主文

一  被告社団法人高知県医師会、同社団法人高知市医師会は、原告らのために別紙第二記載の要領により別紙第一記載の文面の謝罪広告を一回掲載せよ。

二  原告らの被告社団法人高知県医師会、同社団法人高知市医師会に対するその余の請求及び被告石川侃、同岩崎尚夫に対する請求はこれを棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告社団法人高知県医師会、同社団法人高知市医師会との間に生じたものは二分して、その一を原告らの負担とし、その余を右被告らの負担とし、原告らと被告石川侃、同岩崎尚夫との間に生じたものは原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らそれぞれに対し各一〇〇万円(総計八〇〇万円)と右金員につき昭和四八年六月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告らのために別紙第四記載の要領により別紙第三記載の文面の謝罪広告をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者関係

原告らはいずれも被告社団法人高知市医師会(以下被告市医師会という)、同高知県医師会(以下被告県医師会という)の会員であり、被告石川侃は被告県医師会の代表者理事、被告岩崎尚夫は被告市医師会の代表者理事である。

2  本件紛争に至る経過

(一) 保険医総辞退闘争について

日本医師会は、国に対し、保険医療制度の抜本的改正を要求していたが、昭和四六年に至って、同理事会で右要求を貫くため保険医総辞退の戦術を採用することを決定した。

高知県でも保険医療制度の抜本的改正を要求して運動が展開されてきたが、同年五月一日郡市医師会は会員の保険医登録抹消届(以下辞退届という)の提出を勧誘する運動を開始し、同月二九日被告県医師会代議員協議会において会員全員の辞退届を同月三一日までに高知県知事に提出することを決定し、更に右決定にもとづいて同月三一日県下の会員の辞退届を高知県知事に提出し、ここに高知県下の会員が

同年七月一日より保険医を辞退することが確定した。

同年六月二〇日、被告県医師会は代議員会を開き辞退届を同年五月三一日までに提出するという議案を可決した。

同年七月一日、右保険医の総辞退が決行されたが、同月末日保険医の総辞退は解除された。

(二) 原告らの行動

原告平田は、保険医療制度の改正には異議がなかったが、前記のような医師会の闘争方針には反対であったので当初から辞退届の提出を拒否していた。又原告野田は前記のような医師会の闘争方針には反対であったが、辞退届を提出してもその発効までに一か月あり、その間国との間で話し合いがつくと考えたので、一応被告県医師会に同調して辞退届を提出したが、原告野田の期待に反し同年七月一日より辞退届が発効する情勢となったので同年六月三〇日みずから高知県に赴き、辞退届を取り下げた。

3  以下述べるように、前記六月二〇日の被告県医師会代議員会の決議は適法に成立しておらず、又、右決議は会員を何ら拘束するものではない。

なお、同年五月二九日の被告県医師会代議員協議会で会員の辞退届を同月三一日までに提出することを決議したが、右協議会は定款上存在する機関ではなく、会員を拘束することはできない。

(一) 決議の内容的な瑕疵

(1) 保険医総辞退闘争が現在の国の採用している医事国策、社会保険制度が正しくないと考えて始ったものであることは認めるが、その際保険医を辞退するかどうかは個々の医師の良心に基づいて判断すべきものであり、保険医療制度が定着している現在の社会情勢の下において運用面で正しくない点があるからといって社団法人である医師会が特定の時期を定めて団体として保険医総辞退闘争を行うことは「医師は正しい医事国策に協力すべきである」「医師は適正な社会保障社会保険制度に協力すべきである」と規定した日本医師会の定める「医師の倫理」に反することである。

(2) 保険医総辞退闘争は、被保険者の保険診療を拒否し、被保険者の自費負担を増大させるものであり、その目的如何を問わず反社会的行為であり、県医師会定款三、五条の「医師会は社会福祉の増進を目的とする」「会員は医師の倫理を尊重し、社会の尊敬と信頼とを得ることに努めなければならない」とする規定に違反している。

(3) 医師会は、公益法人としての医師の団体であるが、保険医の資格は医師会会員の資格に無関係であり、保険医になるかどうかは医師個人の自由な契約であって、何人も保険医の資格につき本人の意思に反した規制を行うことはできない。

従って、医師会は保険医総辞退を決議することはできず、たとえ、このような決議が成立したとしてもかかる決議に違反した者を医師会の規制、秩序を乱したものとして非難することは許されない。

(4) 被告県医師会の代議員会で、保険医総辞退闘争の非参加者及び脱落者の除名を決議しているが代議員会には、会員の身分を規制する権限はない。

(5) 高知県において官公吏である官公立医療機関の勤務医は公務員であることを理由に保険医総辞退闘争から除外されたのであるが、原告らは私的医療機関の医師であるがゆえに、保険医総辞退闘争に参加しなかったこと又は脱落したことをもって非難された。これは憲法に規定された法の下の平等に反するものである。

(二) 決議の形式的瑕疵

(1) 被告県医師会の代議員会の議長は、会議録を作成しなければならないが、右会議録には、被告らの主張する(イ)辞退届を昭和四六年五月三一日までに高知県に提出すること、(ロ)非協力会員については除名を決議し、裁定委員会にかけること、(ハ)日本医師会の方針を全面的に支持し、全会員結束して一致団結目的達成に邁進する、という決議は記載されておらず、従って代議員会の決議は適法に成立したということはできない。

(2) 右決議は、同年六月二〇日になされたのであるが、その内容は同年五月三一日までに辞退届を提出するということであり、同年五月三一日までに辞退届を提出していない原告平田にとっては不可能なことで無効である。又原告野田は同年六月二〇日の決議に従って辞退届を提出し、後日取り下げたものであるが、右決議は辞退届の取り下げまでは言及していないので、右決議に違反していると言うことはできない。

(3) 被告県医師会の代議員会での決議により会員を拘束するためには被告市医師会総会で直接会員の承認決議が必要である。ところが、被告市医師会は同年六月二五日、臨時総会を召集したが、定足数に至らず、保険医総辞退の決議は成立しなかった。

4  本件紛争

原告らの右の行動に対し、被告らは次のような名誉毀損あるいは脅迫を行った。

(一) 被告県医師会は同年六月二〇日の代議員会で辞退届を提出しない者は除名する旨決議した。

これによって、その当時辞退届を提出していなかった原告平田は除名された。

(二) 又、右決議は、未だ辞退届を提出していない原告平田、辞退届が発効する前に辞退届を撤回しようとしていた原告野田に保険医総辞退闘争本部第一回委員会(これは、被告県医師会の理事会がそのまま移行したものであり、委員長は被告県医師会の代表者である被告石川である)名義で配付されてきた。

(三) 同年八月二七日、被告市医師会の代表者である被告岩崎は、原告らに対して内容証明郵便で「医師会の健康保険医辞退の団体行動に加わらなかった貴殿に対し、会の統制上退会されるよう勧告する」という退会勧告を送付し、除名を前提とした退会勧告を行った。

(四) 原告らが、被告市医師会の退会勧告を受諾しないので、同年九月三〇日、被告岩崎は被告石川と共謀のうえ、原告らが県医師会定款九条の「医師の倫理に違背し、会員たる名誉又は本会の名誉を毀損した者」「本会の定款に違反し若しくは秩序を乱した者」に該当するとして被告県医師会裁定委員会に提訴した。更に被告石川は何ら権限がないにもかかわらず右裁定委員会に出席し、原告らの除名を要望した。

(五)(1) 同年一一月二二日裁定委員会は次のような裁定を行った。

保険医辞退不参加会員に対する裁定について

高知県医師会裁定委員会は高知市医師会長(以下甲という)より被裁定者(被告平田、同野田、東野季喜、高橋正六、高橋知愛子、以下乙という)提訴の件について次の如く裁定す。

甲乙両者に和解を勧告する。

(イ) 甲は乙に対して郵送した内容証明郵便を取り戻す。

(ロ) 乙は自由加入の医師会精神に基き自主的に善処することを希望する。

(2) これに対して被告石川は右和解のうち、自主的善処とは原告らが自主的に退会するという意味であると主張して原告らに一方的に退会を求め、更に昭和四七年三月の被告県医師会代議員会で、原告らを除名できなかったことは遺憾であり、原告らが医師会を自主的に退会するのが当然であると表明し、翌昭和四八年三月の同代議員会でも、原告らが自主的に医師会を退会するのが当然であり、原告らが謝罪しないかぎり話し合いに応じない旨を表明した。

しかし、裁定委員会会則二四条には、裁定は文書で報告されなければならないとされており、右文書には原告らが自主的に退会せよとは記載されていないのであるから被告石川の前記主張は根拠のないものである。

(六) 被告石川が発行責任者である高知県医師会報に次のような原告らに対する中傷記事を掲載し、高知県下約八〇〇名の会員と日本医師会ならびに全国医師会に配付した。

(1) 高知県医師会報第四〇号(昭和四六年九月一日発行)

(イ) 原告野田に対して「こっそり辞退撤回しております」という記事、原告平田に対して「会の方針に反対なら何故退会しないのであろう」という記事

(ロ) 原告両名に対して「……これらの者に対する批判は何時までも語りつたえられ、永久に消えることがないであろうと思います」という記事

(2) 高知県医師会報第四一号(昭和四六年一〇月一日発行)

(イ) 原告らが、代議員会は非参加者、脱落者の除名を決議する権限がないことを主張していたのに対して被告岩崎の「県医師会長が代議員会で脱落者裁定を決めさせたというのは定款その他を考えてみても全く誤りであることは会員諸氏には説明するまでもないことであろう」という欺文を掲載させた。

(ロ) 更に、被告岩崎の「原告らは裁定委員会に提訴されるような不名誉な事にならぬように退会したらどうか」という記事を掲載させた。

(七) 被告らは更に次のような談話を新聞に発表した。

(1) 昭和四八年六月二二日付毎日新聞において、被告石川は「原告らが会の方針に従えないのなら辞めてもらうのがすじ」と発表し、

(2) 同日付高知新聞において、被告岩崎は、「原告らが裁定委員会で自主的に退会するよう裁定されたはず」と発表した。

5  原告らの損害

原告らは被告らの前記不法行為によって、原告らが医師会に所属していることにより受ける利益(物品購入の便宜、医師会の保証による金融を受ける権利、医師会団体による生命保険、医療事故保険の加入等)を脅かされ、又、原告らの医師としての社会的地位を傷つけられ病院経営上莫大な損害を被った。

6  被告らの責任

被告石川、同岩崎は前記の不法行為者として、又、被告県医師会、同市医師会はその代表者が職務を遂行するについて行った不法行為であるので、それぞれ責任を負うべきである。

7  結論

よって、原告らは被告らに対し、名誉回復のため請求の趣旨記載どおりの謝罪広告及び慰藉料としてそれぞれ一〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四八年六月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告ら共通の認否

請求原因1項(当事者関係)及び同2項のうち日本医師会が国に対し保険医療制度の抜本的改正を要求していたこと、昭和四六年に至って同理事会が右要求を貫くため保険医総辞退の戦術を採用したこと、高知県でも同年五月二九日、被告県医師会代議員協議会を開催し会員全員の辞退届を同月三一日までに提出することを決定し、更に同年六月二〇日被告県医師会代議員会を開催して右決定を再確認したこと、原告平田が当初から辞退届の提出を拒否していたこと、原告野田が一度提出した辞退届を撤回したことはいずれも認める。

同3、5、6項については争う(6項については、被告石川、同岩崎はそれぞれ被告県医師会、同市医師会の代表者として行動したもので、個人として行動しておらず、従って、被告石川、同岩崎に対する本訴請求は失当である)。

2  被告石川及び同県医師会の認否(請求原因4項について)

(一) 請求原因4(一)項については否認する。代議員会の除名決議というのは、代議員会の希望を述べたにすぎないものである。

(二) 同(二)項については代議員会で除名を決議した文書を原告らに配付した事実は認めるが、これは原告らが除名又は退会しない限り会員たる身分を保有しているので一般会員に配付する文書は当然配付しなければならないので配付しただけのことである。

(三) 同(三)項については認めるが、被告石川及び被告県医師会の関知しないことである。

(四) 同(四)項については、被告県医師会の代表者である被告石川が、被告市医師会の代表者である被告岩崎の申請により、原告らを被告県医師会裁定委員会に提訴したことは認める。

(五) 同(五)項については、裁定委員会で原告らが主張する(1)記載の裁定がなされたことは認める。

3  被告岩崎及び被告市医師会の認否(請求原因4項について)

(一) 請求原因4(一)項については否認する。

(二) 同(二)項については認めるが、これは被告岩崎及び被告市医師会の関知するところではない。

(三) 同(三)項については被告市医師会が原告らに対し書面をもって退会勧告をなしたことは認める。しかしこれは原告らを除く医師の殆んど大部分が総辞退闘争に協力しているのに、原告らがこの運動に協力しなかったので被告市医師会としては会の運営上原告らを統制する必要が生じ、そのため円満な解決方法として原告らに退会を勧告したものであり、しかも、この退会勧告は書面で原告らに対してなされたのであるから原告らの名誉を毀損しておらず、かつ、被告岩崎及び被告市医師会には原告らの名誉を毀損し又は脅迫する意思はなかったものである。

(四) 同(四)項について

(1) 被告岩崎及び被告市医師会は、原告らを被告県医師会裁定委員会へ提訴していない。

(2) 仮りに、被告市医師会が原告らを右裁定委員会へ提訴したとしてもそれは被告県医師会の意向によるものであり、又被告岩崎個人は右の裁定委員会への提訴に何ら関係がない。

(五) 同(五)(1)項については認める。

(六) 同(六)(2)項については、被告市医師会名義で原告ら主張のような文章を被告県医師会報に投稿したことは認めるが、これは被告岩崎が被告市医師会の代表者として被告市医師会の立場について抽象的な意見を述べたにすぎないものであって、原告らの名誉を毀損したり脅迫しているものではない。

(七) 同(七)(1)(2)項については不知

三  被告らの主張(被告ら共通)

1  保険医総辞退闘争は、日本医師会が、より良き保険制度、より良き医療制度の確立改革を政府に要求し、その要求貫徹の手段方法として執った処置であるが、被告県医師会が辞退届を提出するに至るまでの経過は左記のとおりである。

(一) 昭和四六年三月一四日第三五回被告県医師会の定例代議員会を開催し、保険医辞退も辞さないことを前提として、重大決意をもってのぞむ旨を宣言した。従って、この時点において事態の如何によっては辞退届を提出することは全会員に予見されていたことである。

(二) 同年三月二七日被告県医師会総決起大会を開催、前記宣言を再確認し、全員が辞退届提出時期が到来したら異議なく提出することを確認した。

(三) 同年四月一四日、日本医師会は健保法近代化促進全国大会を開催し、日本医師会の要求が容れられないときは保険医を辞退する旨の決議をしたが、これらの情報は県医師会報を通じ原告らを含む全会員に伝達され、日本医師会が保険医辞退を決定すれば、被告県医師会もこれに呼応して保険医総辞退をすることは確定的であった。

(四) 同年五月四日、高知県の郡市においてそれぞれ医師大会を開催し保険医辞退を決定し会員の協力を要請した。

(五) 同年五月二八日、日本医師会は理事会において保険医辞退を決行することを決議し、被告県医師会に対しても直ちに通告されてきた。

(六) そこで被告県医師会は翌二九日、被告県医師会代議員全員懇談会を開催し、被告県医師会々長に委任された辞退届を提出することが承認された。更に同年六月二〇日第三六回被告県医師会臨時代議員会を開催して右の承認事項を再確認し、「日本医師会の方針を全面的に支持し全会員結束し一致団結目的達成に邁進する」という決議を行った。

前記の代議員全員懇談会と言うのは、代議員会として招集する時間的余裕がなかったので便宜的にこのような名称にしたもので実質は被告県医師会の代議員会であり、その決議は被告県医師会という社団の意思決定として効力を有するものである。

2  以上の経緯により保険医総辞退という被告県医師会の社団としての意思決定がなされた以上、被告県医師会の会員は右社団意思に従うべきであり、全会員が保険医総辞退をするという被告県医師会としての秩序が形成されたものである。

3  ところが、原告平田は当初から辞退届の提出を拒否し、又原告野田は一度提出した辞退届を撤回し、いずれも前記の社団の意思決定に従わなかったものである。従って原告らは社団としての被告県医師会の秩序を乱したということができ、これに対して被告らが社団としての統一体を守るために原告らに対し退会勧告あるいは裁定委員会への提訴等を行うことはやむを得ないことであり、原告らの名誉を毀損したり脅迫したりするものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項については当事者間に争いがない。

二  本件紛争に至る経過

1  日本医師会が国に対し保険医療制度の抜本的改正を要求していたこと、昭和四六年に至って同理事会が右要求を貫くため保険医総辞退の戦術を採用したこと、高知県でも同年五月二九日被告県医師会代議員協議会を開催し、会員全員の辞退届を同月三一日までに提出することを決定し、更に同年六月二〇日被告県医師会代議員会を開催して右決定を再確認したこと、原告平田が当初から辞退届の提出を拒否していたこと、原告野田が一度提出した辞退届を撤回したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  前記当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すると以下の事実が認められる。

(一)(1)  昭和四六年初頭、政府によって健康保険法一部改正法案が国会に上程されたことに端を発して、医療保険制度をめぐって政府と日本医師会の間に紛争が生じた。これを受けて高知県でも同年三月八日被告県医師会第二一回理事会を開催し、代議員会で厚生行政に対する包括的抵抗体制の確立について討議することを決定、同月一四日第三五回定例代議員会を開催し

(イ) 再診時一部負担金の新設等の今次健康保険一部改正法案には絶体反対する。

(ロ) 診療報酬の物価人件費にスライド制を即時実施せよ。

という決議を採択した。

その後、同月二四日には被告市医師会総会、同月二七日には被告県医師会総決起大会等を開催し運動を展開した。

(2) 同年四月一四日、日本医師会の主催で健康保険法近代化促進全国医師大会が開催され、ここで始めて保険医総辞退体制の確立が決議された。

(3) 同月二八日高知県の各郡市医師会長会を開催し、各郡市単位で健康保険法近代化促進医師大会を開催することを決定し、右決定にもとづいて同年五月四日高知市でも健康保険法近代化促進高知市医師大会を開催し、前記四月一四日の全国大会の決議宣言を確認するとともに保険医総辞退を決定した。

右の決定にもとづいて、郡市医師会長は会員の辞退届を集め、被告県医師会会長に提出した。同年五月二五日の時点で右辞退届は高知市の会員のうち九五パーセント、郡市の会員のほぼ一〇〇パーセントが集ってきた。

(4) 同月二八日、日本医師会理事会から被告県医師会に対し同月三一日に保険医を辞退する旨の通知があったので、同月二九日被告県医師会は理事会更に被告県医師会代議員全員懇談会を開催し、日本医師会理事会の通知どおりの行動をすることについて承認を得、同月三一日辞退届を高知県に提出した。

(5) 同年六月二〇日被告県医師会臨時代議員会を開き、前記五月二九日の代議員全員懇談会での協議事項について確認をし、更に「日医の方針を全面的に支持し全会員結束し一致団結、目的達成に邁進する。」という決議を行った。

(6) 同年七月一日、右辞退届が発効したが、同月三一日、日本医師会の代議員会で保険医総辞退闘争が中止となった。

以上の代議員会、大会等の決議は、高知県医師会報により、高知県下の医師が了知しうる状態であった。

(二)  原告平田は、現行の医療保険制度には不満であったが、それを解決する手段として保険医を辞退することには反対であったので、当初から辞退届を提出しなかった。

原告野田は保険医総辞退闘争には反対であったが、辞退届を提出してもその発効までに一か月あり、その間国との間で話し会いがつくと考えたので一応被告県医師会に同調して辞退届を提出したが、原告野田の期待に反し同年七月一日より辞退届が発効する情勢となったので同年六月三〇日辞退届を取り下げた。

以上の事実が認められる。

(三)  以上の事実によれば、高知県の医師の間では、医療保険制度をめぐって国と日本医師会との間に争いがあり、医師会側の対応策として保険医総辞退を決行する可能性があることは周知されていたが被告県医師会として定款上の規定に則り、保険医総辞退を決定したのは同年六月二〇日の臨時代議員会であることが認められる(なお同年五月四日の健康保険近代化促進高知市医師大会及び同月二九日の被告県医師会代議員全員懇談会は、《証拠省略》によれば定款上の会議ではないから、被告市医師会、同県医師会の社団としての決定をすることはできない。)

三  保険医総辞退の決議について

前記認定事実及び《証拠省略》を総合すると、以下のとおり認定判断される。

被告県医師会定款により代議員会でも社団の意思決定をすることができる。従って右代議員会で保険医総辞退の決議をすることは可能である。

しかし、右決議により会員を拘束することができるか否かについては決議事項の内容によると考えられる。そこで本件の保険医総辞退決議について検討すると、保険医となるのは県と医師との間の契約であり、しかも保険医を辞退することは医師個人に重大な影響を及ぼすものであるから、保険医の資格は団体の決議機関での多数決により左右することのできないものであり、右代議員会において保険医辞退について会員を拘束する決議はできない。

従って被告県医師会、同市医師会は、原告らが右保険医総辞退決議に従わないからといって医師会の秩序を乱したということはできない。

四  そこで右のことを前提にして被告らの不法行為の成否について判断する。

1  請求原因4(一)(二)について

《証拠省略》によると、被告県医師会副会長を兼ねる被告岩崎は、昭和四六年五月三一日の被告県医師会が辞退届を高知県に提出した時点において原告平田が右辞退届を提出していないことを知っていたこと、同年六月二〇日の被告県医師会代議員会で非協力会員について被告県医師会の裁定委員会に提訴して除名することを決議したこと、右決議文を被告石川が委員長をしている保険医総辞退闘争本部第一回委員会報告として原告平田に配付したことが認められるが、他方、右六月二〇日の代議員会では特定の会員について除名を決議しているものではないこと、又、右闘争委員会報告も被告石川としては非協力会員を説得して総辞退闘争に参加を促す意図の下に配付したと考えられること等に照らし、原告平田の名誉を毀損したと認定することはできない。

2  同4(三)について

《証拠省略》によると、被告岩崎は昭和四六年八月一六日の被告市医師会理事会で協議のうえ、被告県医師会裁定委員会へ提訴する前に被告市医師会で独自に本件紛争を解決しようとして、同月二七日、被告市医師会名義の内容証明郵便で原告らに退会勧告及び退会届の用紙を送付したこと、右の事実は被告市医師会理事会の議事録に記載されており、一般の医師会々員が閲覧できる状態にあったこと、被告県医師会及び被告石川は右退会勧告について何ら関与していないことが認められる(原告らと被告岩崎及び被告市医師会との間では、被告市医師会が書面で原告らに退会勧告をした事実については争いがない)。

前記三で認定したように、保険医辞退の決議というものは会員を拘束するものではないのであるから、これに原告らが従わなかったからと言って社団としての医師会が退会勧告を行う正当な権限があるということはできず、従って右の退会勧告は原告らの医師としての名誉を毀損するものである。

3  同4(四)について

前記当事者間に争いのない事実及び認定事実ならびに《証拠省略》によると、昭和四六年六月二〇日の被告県医師会代議員会において、保険医総辞退闘争の非協力会員については除名するよう被告県医師会の裁定委員会に提訴することが決議されていたところ、原告平田は当初から辞退届を提出せず、又原告野田は辞退届の発効前にこれを取り下げた。

保険医総辞退闘争は同年七月三一日をもって終了したが、原告ら右六月二〇日の決議に違反した者の処遇について被告市医師会及び同県医師会で検討されていた。

被告医師会では、独自の立場で被告市医師会の裁定委員会を開催してこの問題を解決しようとし、裁定委員を招集したが、定足数に足らず、又、前記のように原告らに退会を勧告したが原告らに拒否された。

そこで被告市医師会は理事会を開いて協議し、又、被告県医師会とも話し会い、原告らが同年六月二〇日の代議員会の決議に違反し会の秩序を乱したという理由で被告県医師会裁定委員会会則三条により裁定を申請することとし、結局、同年九月三〇日被告市医師会が被告県医師会に被告県医師会裁定委員会への裁定の申請を依頼し、これにもとづいて同年一〇月一一日被告県医師会長石川が右裁定委員会へ裁定を申請した。

その際、被告石川は被告県医師会長として右裁定委員会に対し、前記六月二〇日の代議員会の要望を伝えた(原告らと被告石川及び被告県医師会の間では、被告石川が被告市医師会の代表者である被告岩崎の申請により、原告らを右裁定委員会へ提訴した事実については争いがない)。

前記三で認定したように、保険医辞退の決議というものは会員を拘束することのできないものであるから、右決議に従わなかったことをもって社団の秩序を乱したと言うことはできず、従って、右裁定委員会への提訴は何ら理由なくなされたものであり、原告らの名誉を毀損するものであると認めることができる。

4  同4(五)について

(一)  同4(五)(1)については当事者間に争いがない。

(二)  同4(五)(2)について

《証拠省略》によれば、被告石川が昭和四七年三月五日の被告県医師会第三七回代議員会及び昭和四八年三月一一日の被告県医師会第三八回代議員会において原告らが主張するような発言をしたことが認められるが、被告石川が原告らに対し一方的に退会を求めたということは本件全証拠によるもこれを認めることができない。

又、前記の代議員会での被告石川の発言は裁定委員会の裁定文の一方の当事者として右裁定文についての解釈を陳述したにすぎないと考えられ、これをもって原告らの名誉を毀損したと認めることはできない。

5  同4(六)、(七)について

《証拠省略》によれば、原告ら主張のような記事が被告県医師会報ならびに高知新聞、毎日新聞に掲載されていること、右県医師会報は被告県医師会の広報紙で、発行者は被告県医師会の代表者である被告石川であること、右医師会報は高知県下の会員、日本医師会、全国の都道府県医師会等に配付されていることが認められる。

しかし、請求原因4(六)(1)(イ)、(七)の記事については、原告らの名前が明示されているが、これをもって原告らの名誉を毀損したということはできず、又同4(六)(1)(ロ)、(2)の記事には原告らの名前が明示されておらず、しかも、いずれも被告市医師会長又び被告県医師会長として意見を述べたにすぎないものであり、これをもって原告らの名誉を毀損したということはできない。

6  結論

以上、退会勧告については被告岩崎が被告市医師会の代表者としてその職務を遂行するについて行った不法行為であるから右両名が、又、裁定委員会への提訴については被告岩崎と被告石川がそれぞれ被告市医師会、被告県医師会の代表者としてその職務を遂行するについて共同して行った不法行為であるから被告ら全員が責任を負うべきである。

五  損害

1  前記認定事実によれば、原告らに対する前記退会勧告及び裁定委員会への提訴は少なくとも被告県医師会の会員には周知されており、これにより原告らの高知県における医師の間での社会的評価は失墜したことが認められるところ、原告らの名誉を回復するためには被告県医師会、同市医師会をして高知県医師会報に謝罪広告を掲載させるのが相当である。

ところで謝罪広告の内容、規模等は被害者の社会的地位、名誉毀損の方法、程度等一切の事情を斟酌して決めるべきところ、前記すべての認定事実によれば、謝罪広告は主文の限りで認めれば足りる。

2  次に被告石川、同岩崎に対する謝罪広告及び被告ら全員に対する金銭的賠償の各請求については、前記認定事実によれば、被告石川、同岩崎はそれぞれ被告県医師会、同市医師会の代表者としてその職務の執行につき原告らの名誉を毀損したものであり、原告らの被った損害は前記謝罪広告を被告県医師会、同市医師会に命ずることによって充分償われると考えられるので、それ以上に被告石川、同岩崎に対して謝罪広告を求め、更に被告らに対して金銭的賠償を求めることはできない。

3  なお原告らは被告らの脅迫による不法行為を主張するがその事実は前記の名誉毀損行為と同一であり、結局前記名誉毀損による損害と同一となるので、当裁判所は重ねて判断しない。

六  結論

よって原告らの主張は主文の限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法八九、九二、九三条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村承三 裁判官 三谷忠利 豊永多門)

<以下省略>

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